映画プロデューサーはつらいよ? 『音タコ』山野P×『ういらぶ。』田辺Pの本音トーク

2018.12.05

第1回で登場した、『音量を上げろタコ! なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』(通称『音タコ』のプロデューサー、山野晃。第2回では『ういらぶ。』のプロデューサーである田辺圭吾に、プロデューサーとしての仕事を教えてもらった。今回はその二人による、プロデューサー業や映画業界についての本音対談。自分たちも「真逆のタイプです」と言うほどやり方の異なる二人の会話から、映画プロデューサーの面白さが見えてくるかもしれない。

――お二人が映画プロデューサーになった経緯を教えてください。

田辺 僕はアスミック・エースに入る前は、12年ほどとあるビデオメーカーにいました。親会社が変わることになり、環境が変わるタイミングで転職することも考えていたら、ちょうどアスミックが中途採用でプロデューサーを募集していた。ビデオメーカーの前もCM制作会社にいたし、ずっと映像の仕事はやっていたんです。その経歴もあって採っていただけたのかなと思います。

山野 どうして映画プロデューサーだったんですか。

田辺 映画を作りたいっていう思いはずっとあったね。もともと20代の目標が、「小さな映画でいいから30歳までに、自分でやったと言えるものを作る」だったし。

山野 わかります。僕は「20代までに」というのは叶えられなかったけど。

田辺 ビデオメーカー時代は、深夜アニメも作っていました。そこで感じたことは、実際に企画することが重要で、製作委員会のシステムは映画もアニメもほぼ一緒なので勉強になりましたね。アスミック・エースに中途で入社してからは、まずVIPO(映画産業振興機構)のndjc:という若手監督育成プロジェクトに関わって。入社3年目に『坂道のアポロン』の撮影準備が始まって、同じくらいの時期に『ういらぶ。』の企画も始まりました。

――山野さんも中途入社ということですが。

山野 僕は新卒の時にアスミック・エースを受けたけど、最終面接で落ちてしまったんです。それで某大手メーカーに入社して、マーケティング・リサーチの仕事をしていました。でもその仕事が心の底から面白いと思えなくて、入社2年目のゴールデンウィークに京都に行って、お寺でボーッとしながら思ったのが、「やっぱりやりたいことをやらなきゃ」って。その日から毎日アスミック・エースのホームページをチェックするようになりました。毎日見続けていたら、「中途採用のお知らせ」がやっと出て、その日のうちに履歴書を書いて送りました。

――お二人とも強い思いでアスミック・エースに入ったんですね。ところで映画プロデューサーという職種は、監督とはまた別の、映画制作での重要な役割です。プロデューサーのやりがいをどんな時に感じますか?

山野 大変なことしかないですよ。

田辺 社内で企画を通すのが一番大変だよね(笑)。企画を考えているときは、自分の勝手な妄想。原作があるにしても妄想から始まるのですが、映画ってだんだんと人が集まってくるものなんですよね。最初は企画者一人だけで、脚本家や監督が加わって。撮影の準備になると一気にスタッフが増える。初号試写なんて、こんなに関係者いたんだって思うぐらい。でも実際にみんな関わっている人なんですよね。完成したものを見ると、感慨深いです。でも、その先にお客さんも当然いる。思いつきから始まったことがいろんな人を巻き込んでここまで来たんだなって、その時にやっと実感します。

――逆に、プレッシャーや責任感などは感じますか。

田辺 僕はあまりないですね。

山野 すごいなぁ。僕はプレッシャーしかない。

田辺 周りが何を言おうが、お客が楽しんでくれるかどうかしか考えてないだけだよ。

山野 それはそうですね。僕はそれに加えて、結果を出さなきゃって思っちゃう。

田辺 僕は自分がプロデューサーに向いているとは、あまり思っていないんですよ。プロデューサーって基本的には、やらなきゃいけないことと、やるべきことがあって、みんなをきちんと仕切っていく仕事はやらなきゃいけないこと。やるべきことは、自分は、企画するということだと思っています。ただ、企画は監督から出されることもあるし、いくつかの案からピックアップすることもある。一番大事なのは、その企画をどういう風にすれば世の中に受け入れられるかという、イメージが持てることだと思います。そして、最後には、やらなきゃいけないことと、やるべきことを両方やれてプロデューサーなのかなと思っています。

山野 映画って最後までやることが大事なんですよね。撮影まで、公開まで、最後までやりきることが仕事。プロデューサーは最初から最後まで関わるので、初志貫徹できることは大切だと思います。それにプロデューサーの考えって、誰かに教えられるものじゃないですよね。やり方は本当に人それぞれです。

――ちなみにお二人は、アスミック・エース作品で好きな映画を一本あげると?

田辺 僕は『トレインスポッティング』(96年)がなければ、僕はこの仕事はしていなかったと思いますね。僕は浪人時代まで映画をほとんど見ていなくて、洋楽ばかり聞いてたんです。しかもイギリス系の。そのうちに『トレインスポッティング』のサントラがすごくいいらしいって聞いて、興味を持った。これはすごいな、映画って面白いんだなと思って、そこから映画を見るようになった。あの映画は今までビデオ等で、30回は見てると思いますね。

山野 僕は、『ジョゼと虎と魚たち』(03年)です。わかりやすい理由で、新卒でアスミックに落ちた後にそれを見たんです。アスミックだし見ておこうかなという気軽な気持ちで見たんですが、作品に感動したのもあって、こんな作品を作れる会社に入るチャンスを失ったんだって、泣きそうになっちゃって(笑)。絶対にいつか入ろうって思ったきっかけでしたね。

――アスミック・エースという会社ならではの空気ってどんなものでしょうか。

山野 面白いことをしようっていう空気は、今も変わらずありますよね。

田辺 仕事関係の方にも「アスミックは面白いことをやる」っていうイメージを持ってくれている方は多いと思います。。僕も入社する前は、アスミックって特別感のある会社だなと思っていましたからね。

インタビュー・文:大曲智子 写真:秋元俊一